遺留分侵害請求をする際、特別受益や寄与分の主張がされることがあります。これらは、遺産分割の際に相続分を修正する要因として問題となりますが、遺留分侵害額請求との関係ではどのように考えればよいか、整理してみました。
遺留分侵害額請求と特別受益
遺留分侵害額の計算上、特別受益が問題となるのは①遺留分算定の基礎財産額に加えられる額と、②遺留分侵害額から差し引かれる額の2つの点ですが、それぞれ扱いが異なるため注意が必要です。具体的には次のとおりです。
①遺留分算定の基礎財産額に加えられる特別受益
基礎財産額の計算式は
被相続人が相続開始時に有していた積極財産+贈与等した財産-債務額
ですが(民法1043条1項)、この贈与等について、対象となる期間は原則として相続開始前1年間とされているところ(民法1044条1項)、相続人に対する贈与については、対象となる期間が相続開始前10年以内と広げられる一方で、特別受益に該当するもの限られるという修正がされています(同条3項)。
②遺留分侵害額から差し引かれる特別受益
遺留分権者が各自請求できる遺留分侵害額は、
基礎財産額×個別的遺留分率-遺贈・特別受益の額-未処理遺産取得額+承継債務額
の計算式で求められます(民法1046条2項)。ここで注意したいのが、ここで登場する特別受益は、上記①と異なり、相続開始前10年以内のものに限られず、それ以前の贈与等も対象になることです。民法1046条2項1号の文言上、民法1044条3項のような期間制限が設けられていないというのが理由となります。
小括
このように、遺留分侵害額を計算するに際し、特別受益を検討する点が2か所ありますが、それぞれ期間制限の有無が異なることに注意が必要です。この点、基礎財産に算入される特別受益の額(①)が多いほど、請求する側には有利となる一方で、遺留分侵害額から差し引かれる特別受益の額(②)が多いほど、当然ながら請求する側には不利となります。そうすると、10年の期間制限の有無の違いは、基礎財産額が増える機会が減る一方、請求額が削られる機会は減らないという点で、請求する側に不利に、請求を受ける側に有利にはたらくという結論につながると覚えておくとよいでしょう。
持戻し免除の意思表示について
特別受益に当たる贈与について、持戻し免除の意思表示が認められる場合、遺留分侵害額の計算にはどのような影響があるでしょうか。この点も、上記①基礎財産に算入される額と②遺留分侵害額から差し引かれる額に分けて考えてみます。
①遺留分算定の基礎となる財産額に加えられる額
遺留分侵害額請求を受ける側の特別受益については、持戻し免除の意思表示がある場合であっても、遺留分算定の基礎財産額に算入されるというのが判例の立場です(最決平成24・1・26家月64巻7号100頁)。仮に算入されないとすれば、持戻し免除の意思表示により遺留分制度を潜脱できることになるからです。
②遺留分侵害額から差し引かれる額
遺留分侵害額請求をする側の特別受益について持戻し免除の意思表示が認められる場合、当該贈与の額を遺留分侵害額から差し引くかどうか、明確な裁判例はありません。この点、上記①の最高裁の判断は、相続人に一定割合の遺産の取得を保障するという遺留分制度の趣旨を根拠としているようです。そうであれば、特別受益に当たる贈与を受けた相続人は、既に遺産の前渡しを受けているため、その分が遺留分侵害額から差し引かれても遺留分制度の趣旨には反しないといえます。したがって、持戻し免除の意思表示にかかわらず、その分が遺留分侵害額から差し引かれるとするのが結論として整合性があると考えられます。
遺留分侵害額と寄与分
遺留分侵害額請求との関係では、①寄与分を有する相続人に対して請求する場合と、②寄与分を有する相続人が請求する場合が問題となります。
①寄与分を有する相続人に対する遺留分侵害額請求
遺留分侵害額侵害額請求の相手方から、請求額の減額の根拠として寄与分を主張されることがあります。
まず、寄与分は遺産分割手続の中で定められるもので、協議で寄与分を合意しない限り、最終的には家庭裁判所の審判で定められることになります。そこで、遺留分を侵害するような寄与分の定めができるのか、という点が問題となります。この点、実務では、遺留分を侵害する寄与分が算出されたとしても、裁量減価により遺留分に反しないような認定をする運用がなされています。
また、手続的にも、寄与分は合意が成立しない限り、審判により初めて形成される権利であるため、遺留分侵害額請求で抗弁として主張することはできません。
したがって、寄与分を有する相続人に対し遺留分侵害額請求をする際、相手方から寄与分の主張がされたとしても、これを考慮する必要はないといえます。
②寄与分を有する相続人が遺留分侵害額請求をする場合
遺留分侵害額請求をする相続人の寄与分についても、上記のとおり、寄与分は遺産分割手続の中で定められるものであり、遺留分侵害額請求の際に考慮されることはないとされています。つまり、寄与分を考慮した個別的相続分ではなく、法定相続分により全て計算されることになります。
まとめ
以上のとおり、遺留分侵害額請求に際し、特別受益が考慮されるかどうかについては、基礎財産に加えられる額と、遺留分侵害額から差し引かれる額とで対象となる期間が異なること、及び、持戻し免除の意思表示は考慮されないことに注意したいところです。また、寄与分については、請求する側、される側のいずれも考慮されないことを結論として押さえておくとよいでしょう。