基礎知識

遺留分侵害額の計算・請求の方法と手続きの流れ

遺留分を請求するには~遺留分侵害請求のやり方と注意点では、遺留分制度の概要や遺留分侵害額請求をする際の注意点について解説しましたが、実際に請求を行い権利を実現するには、具体的にどのようにしたらよいのでしょうか。この記事では、遺留分侵害額請求の具体的な手続の流れ、請求額の計算方法等、実践的な内容を解説します。

遺留分侵害額請求の手続きの流れ

まずは内容証明郵便で請求の意思表示をする

遺留分を請求するには~遺留分侵害請求のやり方と注意点で解説したとおり、遺留分侵害額請求権は1年以内に行使しないと時効になり、請求ができなくなってしまいます。そこで、まずは権利を保全するために、遺留分侵害額請求権を行使する旨の通知を相手方に送りましょう。その際、通知したことを証拠として残すため、内容証明郵便により通知することは必須といえます。

なお、この時点では遺産の全体像が明らかになっていないため、請求すべき金額が分からないことも少なくありません。しかしながら、時効にならないよう権利を保全するためには、遺留分侵害額請求権を行使するという意思表示が相手方に到達すればよく、請求額自体の記載は必須ではありません。ただし、金額を特定して請求することで、その金額の範囲で遅延損害金が発生しますので、遺留分に精通している専門家は、概算により金額を明示する方法で請求しています。

財産目録の交付を受け、遺留分侵害額を計算し、請求する

遺留分侵害額請求のケースで最も多いのは、遺留分を侵害するような遺言が作成されている場合です。この場合、遺言で遺言執行者が指定されているのが通常ですが、法律上、遺言執行者は、遅滞なく、相続人に相続財産の目録を交付しなければならないとされています(民法1011条1項)。

そこで、上記のように内容証明郵便を送り権利を保全した後は、遺言執行者に対し、遺産目録の交付を求め、こを精査して遺留分侵害額を計算します。

なお、遺留分侵害額請求の相手方が遺言執行者に指定されている場合もよくありますが、この場合には、最初に送る内容証明郵便に、遺産目録の交付を求める旨合わせて記載しておくと便利です。

交渉

遺産目録の交付を受け、遺留分侵害額の計算ができたら、その支払いを求めていくことになりますが、裁判所を使った手続をとらず、話合いによる解決が見込まれる場合には、まずは相手方と交渉をすることをお勧めします。解決までの時間と、手続の手間暇の面で、調停や訴訟といった裁判所を利用する手続よりもメリットが大きいからです。

後記「遺留分侵害額の計算方法」のとおり、遺留分侵害額の計算をするに当たり、額面のない財産は相続開始時の時価を基準とするのが原則です。最も頻繁に問題になるのが不動産ですが、時価の算定は明確な基準がなく、請求する側は高く、請求される側は低く評価したいため、争いになるのが通常です。この場合、不動産業者の査定を双方取得し、これをもとに話合いで評価額を合意する方法がよくとられますが、難しい場合には法的手続に移行することになります。

調停

遺留分侵害額請求に関する法的手続きとしては調停と訴訟がありますが、法律上、調停前置主義という建前がとられているため、まずは調停から始めなければならないのが原則です。

調停は、簡単にいうと裁判所で話合いをする手続です。ただし、裁判所が間に入るため、争点について法律に従った解決案が提示されることと、毎回期日が指定され、次回までの課題も指示されるため、解決まで着実に進捗することが期待できます。また、上記のとおり最も多い争点である不動産の時価についても、不動産業者の査定をもとに、評価の合意をするための基準が示されることも少なくなく、また、双方が同意すれば、裁判所の選任する不動産鑑定士の鑑定に従うという方法をとることもできます。ただし、この場合には鑑定費用がかかります。

調停を開始するには、申立書を必要書類とともに家庭裁判所に提出します。不備がなければ約1~2か月後に第1回期日が指定され、以降、調停が成立するか、不成立となるまで、概ね1か月の期間をおいて次回の期日が開催されます。調停が成立した場合には、調停条項に定めた条件に従って遺留分侵害額に相当する金銭の支払いを受けます。これに対し、調停が不成立となった場合には、訴訟を提起することになります。

訴訟

訴訟は、遺留分侵害額請求権として金銭の支払いを命令する判決を得るための手続です。判決による支払命令に従わない場合には、強制執行として相手方の財産を差し押さえることもできますので、ここまで支払いに応じなかった相手方に対しても強制力がある強力な手段といえます。

訴訟を開始するには、訴状を必要書類とともに地方裁判所に提出し、不備がなければ約1~2か月後に第1回期日が指定され、以降、和解が成立するか判決まで概ね1か月の期間をおいて次回期日が開催されます。

訴訟の中でも話合いによる解決(和解)が試みられることも多く、不動産の時価についても改めて合意形成の機会がもたれます。これによっても合意が難しい場合には、裁判所の選任した鑑定士の鑑定をもとに裁判所が支払額を決定し、判決による支払命令を得ることになります。

以上の手続きの流れをまとめると、次のフローチャートのとおりとなります。

flowchart TD id1[内容証明郵便で遺留分侵害額請求の意思表示をする]-->id2[財産目録の交付を受け請求額を計算する]-->id3{交渉で解決できるか} id3{交渉で解決できるか} --NO調停申立て-->id4{調停が成立するか} id3{交渉で解決できるか}--YES-->id5([支払いを受ける]) id4--NO訴訟提起-->id6{訴訟で和解が成立するか} id4--YES-->id5 id6--YES-->id5 id6--NO判決-->id7{相手方が判決に従うか} id7--YES-->id5 id7--NO強制執行-->id8([財産を差し押さえて回収])

遺留分侵害額の計算方法

遺留分侵害額は、次の計算式により求められます。

遺留分算定の基礎となる財産額×個別的遺留分率遺贈・特別受益の額未処理遺産取得額承継債務額

 この式だけでは分かりにくいため、それぞれの項目を具体例とともに解説していきます。

①遺留分算定の基礎となる財産

被相続人が相続開始時に有していた財産の総額に、贈与した財産額を加え、相続開始時の負債を控除した額です(民法1043条1項)。

この「贈与」は、原則として、贈与を受けた者が相続人であれば10年以内の特別受益(婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本としての贈与、別稿にて詳しく解説する予定です。)、相続人以外であれば1年以内の贈与に限れられます(民法1044条)。

②個別的遺留分率

遺留分侵害額請求をしようとする当事者各自の遺留分の割合です。詳細は「遺留分を請求するには~遺留分侵害請求のやり方と注意点」をご参照下さい。

③遺贈・特別受益の額

遺言により取得させるとした財産の額や、特別受益に該当する贈与の額を遺留分侵害額から控除します。このときの特別受益は、上記のとおり遺留分算定の起訴財産を算定する際の「贈与」とは異なり、10年以上前のものについても差し引かれることに注意が必要です。

④未処理遺産取得額

遺言に全ての相続財産の取得先が指定されておらず、一部の財産については誰が相続するか記載がない場合、この財産は法定相続人が遺産分割協議をして取得することになります。これにより取得した財産額が遺留分侵害額から控除されます。

⑤承継債務額

被相続人に負債があり、遺言でこれを引き継ぐよう指定された場合には、その債務額を遺留分侵害額に加算します。

遺留分侵害額計算の具体例

上記の計算式を、次のケースに当てはめてみましょう。

  • Aが被相続人であり、相続人が配偶者B、長男C、長女Dの3名、相続開始時の相続財産は時価1億4000万円の不動産と預金2000万円であるが、1000万円の負債もある。
  • Aは、Cに対し、相続開始の15年前、自宅の購入資金として1000万円を、Dに対し、相続開始の5年前、婚姻のため1000万円を、それぞれ贈与していた。
  • Aの遺言は次のとおりであった。

・不動産はBが相続する。
・負債はCが全額引き受ける
・預金については記載なし。

このケースで、相続財産を負債も含めて遺言どおりに処理し、預金は遺産分割協議により法定相続分で取得したとすると、各自の取得した相続財産は次のとおりとなります。

 B:不動産(時価1億4000万円)、預金1000万円

 C:預金500万円、負債1000万円・・・つまり実質500万円のマイナス

 D:預金500万円

そこで、C、DがBに対し遺留分侵害額請求ができるか、また、できるとしてその金額がいくらになるかを検討すると、次のとおりとなります。

①遺留分の基礎となる財産額

1億4000万円(不動産)+2000万円(預金)+1000万円(Dへの贈与)-1000万円(負債)=1億6000万円

Dに対する住宅資金は「生計の資本」に該当し特別受益に当たりますので、基礎財産額に加算されます。これに対し、Cに対しても15年前に住宅資金の贈与がありましたが、相続人に対する贈与は10年以内のものに限られるため、これは加算されません。

②個別的遺留分率

本事例は直系尊属のみが相続人ではないため、全体としての遺留分は2分の1です。これに各自の法定相続分4分の1を乗じますので、C、Dの個別的遺留分率はいずれも8分の1です。

③特別受益の額

上記のとおり、C、Dのいずれも住宅資金の贈与として特別受益がありますので、それぞれ1000万円が遺留分額から控除されます。Cへの贈与については、上記のとおり①基礎財産を算定する際の贈与には加算されませんが、各自の遺留分侵害額を算定する際の特別受益には期間の制限はありませんので、ここでは控除されることに注意が必要です。

④未処理遺産取得額

C、Dいずれも預金500万円を取得していますので、この分が遺留分侵害額から控除されます。

⑤承継債務額

Cは債務1000万円を承継しているため、この分が遺留分侵害額に加算されます。

結論

以上をまとめると、C、Dの遺留分侵害額は次のとおりとなります。

C:1億6000万円×1/8-1000万円-500万円+1000万円=1500万円

D:1億6000万円×1/8-1000万円-500万円=500万円

このように、上記の事例では、C、DはBに対し、遺留分侵害額請求として、それぞれ、1500万円、500万円を請求できます。

まとめ

以上のとおり、遺留分侵害額を請求する場合には、まずは権利を保全するために、内容証明郵便にて請求の意思表示を相手方に通知することが重要です。その後、具体的な請求額や手続の方針を決めることになりますので、計算方法や手続きの流れについては本記事を参考にしていただければと思います。

  

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